同胞社会の明日と介護保険2
「一世たちの想いと共に」−鄭貴美(チョン・ギミ)氏に聞く
「自主」編集部
●はじめに
民主女性会で活動する私たちの仲間、鄭貴美(チョン・ギミ)さんは、一方で大阪市の新たな取り組みである「大阪市高齢者総合相談情報センタ―」の相談員(鄭氏を含め同胞2名が抜てき)として活動されています。その職責のみならず、今日まで同胞と絶えず接点を築いてきた経験と深い愛情は、その言葉を通じて、私たちに同胞一世たち一人々の表情を想い起させてくれました。(聞き手:金昌範編集委員)
●制度との距離を縮めるために
金:まず、最近の状況をどう見ます?
鄭:介護保険制度導入を目前に、どこの自治体もうろたえて(厚生省に)陳情に行くという事態。(制度と基盤の)不備を端的に表している半面、(自治体・地域が)高齢者福祉を自分たちの問題と考え始めたという点では、日本政府の目論みとは逆に、いい面として把えられると思う。
金:一方で、そうした関心が同胞社会にも注がれているかというと、大きな温度差を感じるけど?
鄭:制度の中身を見ると、同胞だから特別に配慮されるとは(現状では)到底考えにくい。かといって、やはり高齢化社会を迎えている同胞にとっても避けられない問題やから、遅ればせながらも一世の福祉の分野に、二世・三世が名乗りをあげなあかんと思う。(一世同胞の)受け皿が全くない訳やからね。その想いをしっかり受け止めながら、一世たちの本来求めている施設や内容を少しでも実現していかないと。その意味で、私たちの役割はたくさんあると思う。
●具体的に創ること
金:施設という話やけど、現実的には日本人と共同の運営、そしてその中に一世たちの求めるものを含み込んでいくという形になると思うけど?
鄭:勿論大きな施設となればそうなるけど、決してそこにとらわれずとも、同胞だけが集まる施設作りは可能やし、助成金も出る。同胞のためのデイ・サービスやグループ・ホームなど、たとえ小さくても可能なものからやれたらと思う。同胞のケースワーカーが、私たちが(韓青時代に)やったように戸別訪問をして、一世の実態と要求を把握しながら、一世の声を聞かないと分からんしね。…配食サービスも大切やと思う。
現場では、ヘルパーの圧倒的多数が日本人やから、どうしても日本人感覚の食材や料理になってしまう。一世も、来てもらったヘルパーに遠慮してちっちゃくなってしまうし。
金:配食サービスは非常に現実的な話やね。あまりお金もいらないし。
鄭:そうそう、できるねん。食べることってすごい大事やから。比較的手近で、一世に安心感を与えられるし、キムチの宅配サービスが流行しているのを見ても、事業として充分可能やし・・・・やってみませんか?
金:ええねえ。また仕事替え考えよか。(笑)
鄭:そうやん。何人か募って。やる気ある仲間も多いと思うよ。悲しいことに同胞社会は「福祉は自分らにあんまり関係ない」という感覚やん。やっぱり長い間福祉から疎外されてきたから。だから同胞それぞれの意識がもう少し底上げされて「自分らの住みやすい街を作るんや」と、社会に声をあげるところへつなげたらと思う。
●同胞高齢者の反応
金:肝心の一世の反応はどうですか?
鄭:不安ばかりが先行してるんよね。日本人があふれる情報に翻弄されているのとは対象的に、日本語を読めない人が多い一世の場合、制度の悪い面ばかりを伝え聞いてしまう。一世のための情報を直接伝える手段が必要やと思うんやけど。不安の根底には、一
世の圧倒的多数が無年金者ということもある。日本人の場合は、まだ「自分の年金で(保険料を)まかなえたら、まあいいか」と思えるやん。
金:不本意ながらも、そんなに腹痛まんと・・・・
鄭:そうそう。今更(行政に)頭下げてまで面倒見てほしないという気持ちもあるんやろけど。それと、もうひとつの不安は、いざ介護保険の世話になる時、一体どんな人が面倒見てくれんのやろかというのがある。(訪問看護をしていた時)一世たちから一様に返ってきたのは「言葉で意思疎通ができない」という話。特に脳梗塞や高血圧で倒れた一世はウリマル(母国語)しか話せなくなる。そうした一世を、
その歴史的背景を知らない日本人(医師やヘルパー)は、すぐに痴呆老人と見なしてしまう。そんな相談もよく受けた。他にも「(病院食の)タクアンなんか食べられへんわ」とか「(日本人のヘルパーに)こんな洗濯物よう出さんわ」とか・・・。そんな状況やから、遠慮して本当にしてほしいことの半分ぐらいしか口に出せてないと思う。それで、余計にかたくなになってしまう。金:同胞のヘルパーが行ったら、そんな状況もだいぶ緩和されるね。鄭:八尾市では、要介護認定の調査の時、通訳のできる同胞が介添人として行く制度が認められている。豊中市でも要求し、京都でもそうした動きがある。どこかで進めていけば「そうや、あんなこともできる」となってくる。だから私たち自身が「こんなこと必要ちゃうか」と想像して、きっちり外に出していかな。今はまだまだ不充分やけど、何かひとつ切り開いていくと、その向うに見えるものはあると思う。
●世代を越えて
鄭:大切なことは、私たちが「民族的に生きる」と言って、言葉・歴史・文化を学ぶけど、その足元を築いてくれたのが一世たちということ。一世たちがどのように生き、守ってきたかを知らずして、自分たちのこれからの生き方も語れないと思う。今まで体張って生きてきた一世には、これからの人生を母の懐に抱かれるようにして過ごしてほしいし、私たちはそんな一世の生き様を知る。…今がそのチャンス
関われる可能性がある者から、しっかり関わって、(同胞社会の未来の)青写真を描いていかないと。今、同胞社会の多様化、多様化とあまりに言われるけど、それは一世の生き様を知らんからと思う。本当に生やさしいものではなかったし、その生き方もずっと変わってないよ。一世を知れば知るほど、私たちの役割が見えてくると思う。
金:聞いてて思うけど、例えば「高齢者介護」言うたら「体の不自由なお年寄り」がとりわけ焦点になりがちやけど、グループホームなんかの場合、体に著しい障害がない人でも、同世代の同胞が集まる場として求める人も多いやろうな。
鄭:そら、私たち若い(?)世代でも、同胞の身近で働いて暮す方がどれだけ心安らぐか。一世はなおさらやん。(東大阪の)夜間中学のハルモニ(おばあさん)を見てても、どんなに元気か。
金:元気やな。圧倒しているな。
鄭:ウリマルと日本語混ぜた独特の会話してね。それも痴呆防止のひとつだし、介護の一つの柱やん。一世にとったら。だからグループホームをやるんだったら、私も仕事やめてすぐ行くわ。(笑)一世って、恨(ハン)を内にいっぱい秘めている。私らが話を聞くことで、少しでも恨を晴らしながら年とってほしい。
金:年とることに不安やむなしさを感じてほしくないね。
鄭:そう。同胞に安心してもらおうと思ったら、やっぱり(介護を)同胞が担うしかない。片言でもいいからウリマルで接して、身構え解いてもらって…。さっきの夜間中学の話だけど、一旦卒業したハルモニがまだ60数名残っている。もっと勉強したいと言って。確かに文字の勉強もしたいんだろうけど、やっぱりネエさん(同胞の先輩女性たちはそう呼び合う)に会いたいねん。みんな集まった時のパワーは すごいもん!いっぺん授業からはみ出したら先生でも止めようがない。先生の目の前でケンカもするし「アンタ、そんな偉そうに言うけどな」と言って。
金:まあ、口に出して大らかにやる分、後に残らないね。
鄭:それが一世のいいとこやん。そんな民族性があったから、この日本社会で生きてこれた。私も自分が年とったら「一世とちがうか?」と言われるようになりたい。
●二世・三世 世代自身の問題
金:介護保険を契機に、同胞にもっと権利意識を持ってほしいというのもあるけども、そういう同胞たちが、日常的にいる場が地域のあちこちにできないと、ますます二世以降の世代が民族と距離ができてしまう。
具体的な存在、仲間がなかったら、なかなかそこに(民族)には足が向かないと思う。
鄭:なんて言うかな。一世の生き様を見ることで、「民族って何やろ?」と考える場面に出くわすと思う。
それに、一世だけではなくて、二世でも65歳以上の人がいるし、私らも対象年令(40歳以上)や。実際、私らの将来を考えると、日本社会で民族性が守れるかという不安が大きい。帰化が年間1万人を越えて。たいがい帰化するといったら一世と離れて、子どもも就職や進学という場面に直面してというのが多い。そういう時、地域・社会で自分たちの将来をサポートするものがあったら、どこかで歯止めにもなると思う。(今の日本社会では)これから先、民族的に生きようとしても、行き場がないという不安がある訳だから。
金:周りが日本人ばかりで、民族的に生きてもプラスになるものがないというような。
鄭:そうそう。だから私たち自身の問題。「明日は我が身」なんだから。
金:どうも意義深い話を姶紫杯艦陥.(ありがとうございます)