韓統連の名誉回復と韓国への無条件自由往来実現のための
対策委員会 結成総会
●結成総会あいさつ
在日韓国民主統一連合議長 郭 東 儀
私たちは内外の良心の支持と声援のなかで、「韓統連の名誉回復と韓国への無条件自由往来のための対策委員会」結成総会を開くことになりました。
私はまず、対策委員会の結成を発議された呼びかけ人と、これに賛同して対策委員会に参加してくださった日本の各界各層の民主人士と在日同胞有志、そしてこの場に参加されたみなさんに、熱いあいさつを申し上げます。
あわせて私は、公私共に多忙ななかにもかかわらず、ソウルからこられた洪根洙(ホン・グンス)共同代表をはじめ、韓国内の対策委員会代表団を熱烈に歓迎しながら、心からの感謝を申し上げます。
ご存知の通り、韓統連はいまから29年前の1973年8月15日に、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)の名前で結成されました。
暴悪な朴正煕維新独裁政権は、韓民統結成が推進されると、そのときからさまざまな妨害策動を悪らつに展開しました。
それをもっとも露骨に示したのが、韓民統結成の数日前に敢行された金大中大統領の拉致事件でした。
金大中先生が拉致されたという衝撃にもかかわらず、計画どおり韓民統を結成し、金大中大統領の救出運動と反独裁民主化闘争の炎が燃え盛ると、独裁政権の韓民統破壊策動は、一層激しくなりました。
たとえば、彼らは民青学連事件、朴正煕狙撃事件など、国内で大きな事件が起こるたびに韓民統を持ち出してきました。しかし、それの虚構性が明らかになり、かえって政治的な窮地に陥るようになると、ついには在日同胞留学生の「金整司事件」をねつ造して、彼の裁判で韓民統に「反国家団体」規定というわなをかけたのです。
維新独裁政権が金整司事件をねつ造して、韓民統に「反国家団体」のわなをかけたのは、海外でもっとも反独裁民主化闘争を展開する韓民統を破壊し、韓民統と金大中大統領との関係を断ち切り、彼を政治的に抹殺できる条件を作ることにその目的がありました。
独裁勢力の凶悪な陰謀は、80年にあったいわゆる「金大中内乱陰謀事件」に関する軍事裁判で余すところなく明らかになりました。
そのときから20年の歳月が流れました。この間、韓国では大きな変化が起こりました。
朴正煕維新独裁から全斗煥、盧泰愚軍事独裁と続いた軍部統治時代は去り、民主化を標ぼうする民間統治時代がやってきました。これとともに、各界各層の民主勢力の自主・民主・統一のための運動は、一層強化発展しました。
これによって、ごく制限された範囲にもかかわらず、過去のわい曲された歴史的事件の性格が正しく規定され、民主化運動の犠牲者らの赦免と復権がなされるようになりました。
特に、21世紀に入り、金大中大統領と北の金正日国防委員長の歴史的なピョンヤン会談が実現し、首脳会談の結果、6・15南北共同宣言が発表され、和解と協力、統一の新時代が開かれました。
韓統連はこのような変化が起きるごとに、それを熱烈に支持歓迎しながら、国家保安法の撤廃とともに韓統連に対する「反国家団体」規定を撤回し、名誉回復と本国への自由往来を強力に要求してきました。
私たちのこの正当な要求に、当局は反省文を要求しながら毎回拒絶してきました。本当にとんでもないことです。反省文を書かなければならない人がいるとするなら、自主・民主・統一と金大中大統領救出のために活動した団体と人士らを弾圧し、迫害してきた人々であって、私たちではありません。それにもかかわらず、反省文を書けと強要するのは、盗人猛々しいといわねばなりません。
それだけでなく、このような要求は愛国運動に対する許すことのできないぼうとくになります。外勢の支配と干渉を排斥し、民族の尊厳と自主権を擁護し、踏みにじられた民主・民権をとりもどし、分断された祖国を本然の姿の自主的な共同体へと復元することは、いまを生きる全民族の崇高な責務です。
韓統連は30年間、終始一貫して揺らぐことなく、ただこの道を力強く歩んできたのであり、これを通して韓国民衆の愛国運動の発展に多くの寄与をしてきたと自負しています。ところが外勢に屈従しながら独裁政権の側に立った者たちが、困難な外国の地で、時代と民族の要求を全身で受け止めて休むことなく闘ってきた団体に反省文を書けというのは、恥知らずにもほどがある話です。
当局者らはまた、入国不許可の理由の一つとして、国家保安法を盾にしています。それに対していうなら、金大中大統領が北の金正日国防委員長を訪ね、首脳会談を開き、「南と北は国の統一問題をその主人である民族同士で、互いに力を合わせて自主的に解決していくことにした」と宣言したとき、南と北は互いを敵ではなく、統一の同伴者になったということを意味し、したがって、この瞬間から反国家団体または利敵団体はなくなり、国家保安法の存在いかんに関係なく、その生命力を失ったと考えるのが妥当です。そのために朝鮮民主主義人民共和国の公民権をもつ総連同胞の故郷訪問が実現したのではなかったでしょうか。
それにもかかわらず、韓統連に対する「反国家団体」規定と、本国往来を頑強に拒否する当局の態度は、だれも納得させることができません。
私はこの場を借りて、韓統連に対する「反国家団体」規定を撤回し、本国への自由往来を保障することと、国家保安法を一日も早く撤廃することを再度強力に要求します。
最後に、本総会が成果的に進行することを願いながら、私のあいさつを終えます。
ありがとうございました。
●結成宣言文
きょう、私たちは、在日韓国民主統一連合(韓統連)の名誉回復と韓国への自由往来を実現するために、この場に結集した。
韓統連は、その前身である韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)の結成以来、韓国の民主化と朝鮮半島の自主的平和統一のために一貫して闘ってきた在日韓国人による民主団体である。また、韓統連は、日本と韓国の民衆連帯を強めるためにも尽力してきた。これまで日本政府は、過去の歴史清算をあいまいにしたまま、韓国の民主主義抑圧に加担し、南北分断体制の維持に深くかかわってきた。韓統連は一貫して、そのような日本政府の責任を指摘してきた。そうした立場にたって、在日同胞と日本民衆が各々主体的に、韓国の民主化運動を支援し、朝鮮半島の自主的平和統一を支持する運動を連帯して展開してきたのだ。
韓統連は、日本の平和運動と連帯しながら、アジアの平和のためにも努力し、90年代に入って、南北海外同胞の団結を強化しながら、祖国統一運動を積極的に展開してきた。こうした運動の蓄積によって、統一気運が高まり、歴史的な6・15南北共同宣言を生み出す力強い流れを作り出してきたといえるだろう。
そのような活動を行ってきた韓統連が、南北関係の歴史的転換がなし遂げられた今も、「反国家団体」という烙印を捺されたまま、自らの祖国である韓国への入国すら認められていないという事実に、私たちは、驚きと憤りを禁じることができない。
1973年8月、韓民統の結成を恐れた朴正煕独裁政権は、韓民統議長に内定していた金大中氏を拉致し抹殺しようとしたが、強力な救出運動によって挫折した。以降、韓民統と日本の良心勢力の熱心な活動によって、金大中氏の境遇に対する関心が高まり、反独裁民主化支援の国際的な世論が広まることによって、朴政権は、国内外で孤立に陥るようになった。韓民統に対する反国家団体規定は、こうした状況に追い込まれた独裁政権によって、金大中氏を政治的に抹殺し韓民統組織を瓦解させるために、作り上げられたものである。
この1978年の不当な規定を根拠に、現在に至るまで、韓統連は「反国家団体」の汚名を着せられたままであり、韓統連の構成員が自らの祖国である韓国へ入国するためには、組織を脱退して「反省文」を書き、入国後に関係当局の調査を受けることを強要されている。
日本社会の民族差別の中で、懸命になって民族の主体性を堅持しながら、祖国の民主化と自主的平和統一のために奮闘してきた韓統連が、いまだに、その名誉を回復されないどころか、権力の弾圧にさらされており、構成員の人権が踏みにじられている状況を、私たちは、これ以上、座視することはできない。
私たちは、きょう、韓統連の名誉回復と韓国への自由往来のための対策委員会を出帆させ、次のことを、全ての良識ある在日同胞と日本人に広く訴えながら、韓国政府に強く要求する。
1.韓国政府は、韓統連に対する「反国家団体」規定を取り消し、名誉を回復せよ。
1.韓国政府は、韓統連構成員らの韓国への自由往来を保障せよ。
1.韓国政府は、国家保安法を廃止せよ。
2001年4月22日
韓統連の名誉回復と韓国への無条件自由往来のための対策委員会
●対策委員会人事(敬称略、50音順)
<顧 問>
姜宇奎(元在日韓国人政治犯)
前野良(政治学者)
宮崎繁樹(明治大学名誉教授)
吉岡徳次(全港湾顧問)
<共同代表>
郭秀鎬(韓統連副議長)
田英夫(参議院議員)
崔哲教(韓国人権国際センター運営委員長)
中北龍太郎(弁護士)
西尾正二(カトリック玉造教会)
吉松繁(王子北教会牧師)
在日韓国民主統一連合の名誉回復と帰国保障のための対策委員会
代表に姜萬吉氏ら各界人士、結成宣言文を採択、「名誉回復」を要求
国内の各界人士が六日、韓統連への「反国家団体」規定を取り消して名誉を回復し、会員らの本国自由往来の権利を獲得するために「在日韓国民主統一連合の名誉回復と帰国保障のための対策委員会」(韓統連対策委)を結成し、共同代表に姜萬吉・高麗大学教授らを選出した。また政府に韓統連の反国家団体規定の解除と自由往来の保障を求める結成宣言書を採択した。韓統連の郭東儀議長は結成式にメッセージを送り、歴代政権が韓統連を「反国家団体」に規定して弾圧してきた不当性を指摘し、現政権が名誉回復と自由往来の英断を下すよう強く求めた。「韓統連の名誉回復と自由往来」を求める組織が公然と結成されたのは歴史的な出来事であり、国家保安法廃止闘争とともに民主化運動を大きく前進させるものと思われる。
在日韓国民主統一連合の名誉回復と帰国保障のための対策委員会―結成宣言書
われわれはきょう、この三十年間海外で分断された祖国、韓国の民主化のために苦労しながらも祖国を訪問することができない人々、在日韓国民主統一連合(韓統連)の名誉回復と帰国保障を実現するためにこの場に集まった。六月の歴史的な南北首脳会談は南北に分かれた離散家族の再会と往来の門を開け、北韓同胞の要人も南韓を訪問した。南と北の和解のなかで、いまや朝鮮民主主義人民共和国公民の総連同胞までも大韓民国を訪問している。しかし、民団出身で大韓民国の国籍を持つ韓統連会員の故国訪問は許されていない。
韓統連が三十年間歩んで来た道には、苦悩に満ちた在日同胞の涙の歴史がすべて含まれている。日本で差別された同胞に民族主体性を持たせ、祖国に対する関心を高める事業を続けてきた韓統連の前身の韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)は、一九七三年八月に結成された。韓民統の初代議長の内定者は、まさに金大中大統領だった。しかし、韓民統の結成を数日前にして、朴正煕政権は金大中氏ら致事件を起こし、韓民統は金大中救出運動で活動の第一歩を踏み出さざるをえなかった。
一九七八年に朴正煕独裁政権はスパイ事件をねつ造しながら、民団人士で構成された韓民統を北韓の指令を受けて結成された反国家団体のらく印を押した。続いて、一九八〇年に全斗煥政権は金大中大統領を「反国家団体である韓民統の首かい」ときめつけ、内乱陰謀事件をねつ造して再び彼を殺そうとした。これに対して韓民統は金大中大統領に対する二回目の救出運動を展開した。守旧勢力は、一九九七年の大統領選挙当時にも金大中大統領を韓統連と結びつけ落選させようとして写真を改造するなど、執ように韓統連を陥れようとした。祖国から日本を訪問して、民族の主体性を守ろうとする在日同胞を訪ねる多くの人は自然に韓統連の会員に会うが、公安当局は彼らをスパイにでっち上げてしまった。このように、韓統連という名前は守旧反動勢力にはあらゆるねつ造スパイ事件をつくり出す魔法の杖(つえ)だった。総連同胞らの自由往来が実現した今、守旧勢力が執ように韓統連に食いつくのも、分裂と対立をこえて和解の新時代へと流れるとうとうとした流れを、引き戻そうとする迷妄を捨てられないでいるからだ。
公安当局は言う。故国を訪問したければ、韓統連を脱退して反省文を書けと。いったい韓統連が何を反省しなければならないというのか。軍事政権に抵抗して反独裁民主化闘争を行ったことを反省しろというのか。日本であらゆる差別と闘って民族主体性を守り、民族の統一のために闘争したことを反省しろというのか。でなければ、金大中大統領を死の窮地から救い出すために努力したことを反省しろというのか。
いまや正さなければならない。陰湿な密室で、愛国的な海外同胞と民主人士に反国家人士とらく印を押してスパイにねつ造した、恥ずべき歴史を正さなければならない。父母の臨終にも会えず、遺骨になっても祖先の墓地に埋葬することさえ許さない反人権的な故国訪問禁止を続けてきた、わい曲された歴史を正さなければならない。それだけが海外で祖国の民主と発展のために孤独に努力してきた同胞に対する最小限の道理である。
最近、政府は愛国同胞の組織である韓民統・韓統連を反国家団体とねつ造した、独裁者・朴正煕の記念館建設を国庫で支援するとの方針を明らかにした。そうしながらも、政府は「民主化運動関連補償法」を制定し、反独裁闘争を繰り広げた人々の名誉回復はもちろん、彼らの受けた被害に対する物質的な補償をすると言っている。われわれは独裁と反独裁が同時に記念の対象になることはできないと信じる。われわれが本当に記念しなければならないのは、独裁者・朴正煕ではなく、維新の圧制に抗して闘ってきた民主化運動である。われわれは、金大中政権の包容政策が北韓と総連にまで及んだ今、われわれと同じ国籍の韓統連会員らが故国を訪問しようとしても訪問できないこのまちがいを悲しみながら、韓統連があれほど助けようと頑張った金大中氏が大統領の政府に要求する。
一、政府は、韓民統・韓統連に対する反国家団体規定を取り消し、韓統連の名誉を回復せよ。
一、政府は、大韓民国国籍を保有した韓統連会員らの自由な故国往来を保障せよ。
一、政府は、容共ねつ造の道具である国家保安法を即時撤廃せよ。
二〇〇〇年十二月六日
在日韓国民主統一連合の名誉回復と帰国保障のための対策委員会